会長が綴る、写真日記


by m-tsubouchi
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カテゴリ:クラクラ撮影日記( 19 )

弟子とダイヤモンド富士

 富士山好きの弟子と電話で話している最中、今月25日写真クラブで予定しているダイヤモンド富士撮影会に勤務の関係で出席できない。ということで、その前にダイヤモンド富士を撮りに行くことにした。明日は休みというので、早速になるが、翌日早朝5時に待ち合わせて、出発。
 私としては増穂町上高下(カミタカオリ)高村光太郎の文学碑の所が良いと思っていた。しかし、弟子の都合で12時までに帰らなければならないことが判明したので、取り敢えず本栖にした。
 本栖はこの時期、山に登らなければ富士山頂から出現するダイヤモンド富士にはならない様である。しかし、徒歩では私ががきつい、彼女も時間がないのだ。
 よって、現場の様子を見て湖畔での撮影と決め込んだ。ここ湖畔でもマイナス6度だろうか?車の外に出ると寒い。
 予想どうり、多くのアマチュアカメラマン(アマカメ)が集まっていたので、すっと気軽に話しかけたところ、相手も応答してきた。
 その方々は名古屋の西から夜中の12時頃出発してきたようでした。「寝てない?」私が聞くと「まぁ、交代で運転してきたので...」お疲れ様です。
 もう1人のアマカメはフルサイズのデジカメだったので「フルサイズですか?いい機械持ってますね。」と言ったら、悪い気はしないようだった。撮影後「今日撮影した中でこれが一番良いやつですよ。」とモニターを見せてくれた。すると、我が弟子は「エー、どれどれ見せて下さい。」と詰め寄っていった。さすが自慢できる弟子である。研究熱心で、仲良くなるのが旨い。又、もう1人の高齢の男性は私が三脚を持ったまま突っ立っているのを見ると「狭いところだからみんなで譲り合わないとね。どうぞどうぞ」といって、わざわざ自分が立てていた三脚を移動してくれた。
 ところが、どこからかやってきた中年の女性が何か不満げにぶつぶつ言って、うろうろしながら、私達の様子をうかがっている。
 弟子が「何、なに!」と言って、ちょっと異常だという信号を私に送ってきたので、私も何だろうと思った。
 その後、その女性は場所を空けてくれた先程の男性のところに近づいていったので、「ははぁん、この二人はカップルだな。」と気づき、とっさに私は「いゃー、場所を空けてくれて、有り難うございました。」と二人に大きく礼を言った。
 これで奥さんらしき人も合点したと見えて、顔が和らいだ。
 その後、太陽が上ってしまってから、弟子に向かって「さ、これで終わり。」と言ったら、その奥さんらしき人は「あっという間だね」と言ったので、私は「人生と同じですよ。過ぎ去ると短いものですね。アッという間に終わる。」と蘊蓄を含めたように言った。すると何を思ったか「そうね、でも、あなた達はまだ若い、まだまだこれからよ!」と激励してきた。あなた達と言われてもね、僕は弟子と親子ほどの歳の開きがあるのに、参ったな!弟子が老けて見えるのか、はたまた僕が若く見えるのか、私は瞬間、理解に苦しんだ。
 しかし、撮影スポットでは全く事情を知らない同士が気軽に話せるので、こういった出来事はよくあることである。
 それにしても、弟子が老けて見えるわけは無いし、きっと私が若く見えたのだろうと理解しようしたが、的はずれのその精一杯の言葉にはきっと皮肉が入っているのかもしれないと考えると、奥さんらしき人の主人を守ろうとする、けなげな夫婦愛を感じた。どうぞ、いつまでもお元気で。
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最近弟子はカメラの構え方が旨くなってきた。難をいえば、足のスタンスは肩幅にした方が安定して良いだろう。
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その後、精進湖から甲府南方面にハンドルを切ったので富士川沿いを下って、又上ってくることにしたが、どうにも道が複雑でよく分からず、時間がない為、戻ることにした。これらの写真は折り返し地点で撮影したものである。
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by m-tsubouchi | 2009-01-03 18:09 | クラクラ撮影日記

元旦の日

2009年正月元旦
 今年はぶらぶらして家にいたが、どういう訳か勿体ないような気がした。ガソリン代も安くなったので、函南原生の森公園にでも行ってみようっと。

 といった乗りで、 3時頃家内に「夕日を撮ってくる。」といって出かけようとしたら、「いつ帰るの?」と聞かれたので、「夕日だから日が沈んだら帰る」と返事をした。

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by m-tsubouchi | 2009-01-02 16:34 | クラクラ撮影日記

石川元会長の逝去

 今年(平成20年)11月8日写真クラブの元会長 石川雅道さんがご逝去されました。本日ご自宅へ弔いに伺がったその帰り道、すぐ近くから撮影した富士山がこれです。石川さんは普段こんな景色を見ていたんだな、とご冥福を祈りながら撮影しました。
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by m-tsubouchi | 2008-12-07 17:02 | クラクラ撮影日記

普通の富士山

特別美しいわけでもない普通の富士山。こんな富士山が好きです。
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韮山街道から

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by m-tsubouchi | 2008-11-25 22:45 | クラクラ撮影日記

今年の紅葉写真

 11月18日....秋のこの日は函南写真クラブで過去に最も多く撮影会が開かれた日でもある。
比較的雨に降られにくいのかも知れない。
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 紅葉台の入り口辺りで車を止めて撮影していると後から何者かがやってくる気配を感じた。「すいません、そこ通して下さい」と思ったよりも上の方向から声が響いてきた。驚いてみたら馬ではないか!まて、声の主は馬に乗っている人だと認識し、慌てて車に乗った。そのとき車中から撮った1枚。
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 今日は友人(弟子)の車に乗せて貰って楽が出来た。元々メカは好きだが車好きでない私は運転することに楽しみを余り感じない。その上、運転がヘタな家内に載せて貰うとどうしても指示が多く出る。その点、自称私の弟子は世辞ではなく運転が本当に旨い、故に楽ちんである。ここで敢えて表明しておくが、私は運転することがヘタだから運転が嫌いなわけではないのだ。運転しているときの気分が良くないのだ。運転はどうしても単純労働にしか思えない。それよりも前に命を握っているという、その責任感に苛まれるのが辛いのだ。だからこそ運転はあくまでも業務だと割り切らなければならない。そこで「乗せてくれ」の一言で弟子にその業務を担わせている私はきっと師匠の資格なんかないんだろうなー、と思う。しかし、この際だからと勝手に甘えている。堪忍して欲しいかぎりである。立派な弟子を持ついうことはとても大きな幸福である。私は幸せ者である。それだけはきちっと表明しておきたいし、本当に感謝している。ありがとう。
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 こういうやたらと転がっている角材。その横で隠れるように、もたれるようにしている紅葉があった。物理的に風の流れを考えればあたりまえだが、こんな存在が私の様である。そして、回りには同じ紅葉は見えない孤独な様がある。幼少の頃、そんな環境だったので共鳴するのだろうか。なぜか落ち着くし、そういうのが好きだ。
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どこか、私に似ているのかも知れない、ぼこぼこの秋の葉。
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山の中の開拓集落で育ったせいか、こういう道が好きだ。ゆっくり歩きたい。
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私が生まれた家も門からだいぶ歩いたところに母屋があり、門からは見えない環境だった。
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湖畔の前景に林がある風景は寂しいが落ち着く。どうしてかなと考えてみ見た。ひょっとしたら大昔に私の遺伝子が記憶した景色かも知れないな。こういうところで育っていないのに妙に懐かしい。
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速いスピードで天空をかける雲の帯。ボーと見ている私。仕事もせずにいい気なもんだ。と自分を責める。時代とはいえ、堕落したもんだ。
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千円札の裏デザインの風景。この風景は眺めているとお金を使うときの心境に似ている。自己との孤独な対話の雰囲気を連想して妙に寂しさを物語る。そういえば昔は5千円札なのに今では千円札に成り下がった風景だ。
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by m-tsubouchi | 2008-11-19 16:33 | クラクラ撮影日記

54年前の写真が語るもの


 「文化の日」の今日、親戚で法事があり、その席でみんなに渡された物があった。
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54年前の正月、母の実家で撮った祖母と母の姉妹とそれらの子供たちの記念写真である。
 私は幼少の頃の記憶力はかなり良いと思っているが、この写真は初めて見る。生後4~5か月ぐらいの私自身の写っている写真である。
 戦後9年しか経っていない頃なので、その写真にはそれなりの雰囲気が漂っている。
自分がその時代に乳児として保護され、生かされてきたという証拠としての写真を見ていて、なんか感動した。
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by m-tsubouchi | 2008-11-03 21:24 | クラクラ撮影日記

函南原生林

いつも原生の森公園には行くのだが、原生林は入り口がどうも気味が悪くて行く気がなかなか起きない。数年ぶりというか、デジ一眼を買って最初のためし撮影に行ったきりである。
今回もクラブの横山氏と出掛ける約束をしていったのは、もちろん彼女が函南原生林を知らないと言うことのみならず、僕も独りで行くのはいやだし、かつ、NIKONのマニュアル機FM-2を手に入れたので、そのためし撮りの意味もあった。
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写真の樹木の角度からもわかると思うが、原生林の傾斜はきつい。↓
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この日は前日から大雨洪水警報⇒注意報が出ており、撮影に行くかどうか直前まで考えていた。幸いなことに午後から雨が止み一部日が差し始めていて、決行することにした。
しかし、撮影している最中4時過ぎごろからまた雨が降ってきた。
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NIKON FM-2 ニッコール 50mm f1.8
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by m-tsubouchi | 2008-08-30 17:17 | クラクラ撮影日記
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 中国オリンピック開会式の今日は私の誕生日でもある。夜、8時20分から始まる熱海の花火を写真クラブの連中と私の弟子(弟子と向こうが勝手に決めてるようだが、今でもそのつもりでいるのかは分からない)とその友人とで撮りに行った。
 開会式は2008年8月8日午後8時8分といったこだわりだそうである。
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 8という文字は漢字で表現すると字形が末広がりとなり、開く儀があるから未来が開けておめでたい。ということだそうである。 
 私の方も拘ったわけではないが、母の話によると私は昭和28年8月8日朝8時頃生まれたらしい。この母の子である私はかなりいい加減なことを言う癖があるので、データの信憑性に疑問があるのだが、まぁいいでしょう。自らの意思によりできる出来事ではないのだから。
 しかし、ニュースによると、この日を誕生日にしようと、産科の医師に頼み込んだ妊婦がかなりいたらしい。親心というか、やっぱり世間の出来事である。
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by m-tsubouchi | 2008-08-09 18:32 | クラクラ撮影日記
 7月4日の例会で本年度函南町文化祭に出品するテーマが「函南の風景」ということに決定した。
 考えてみれば、ずいぶん長い間函南町に住んできているが、改めて函南の風景と言われてみても、「嗚呼、これが函南町だなぁ」という風景が思い浮かばない。そもそも昔から函南町というのは共和国というか複数の村が寄せ集まって函南村になりそれが町になってきたので、中心がつかみにくい。鉄道の駅も町内で2か所あるが、分散している。第一函南という地名でさえ字名などで発展したものではなく、歴史もそう古くないのだ。
 近年合併が流行で伊豆市、伊豆の国市は田方郡下ではなくなり田方郡は函南町ただ1町となった。時が流れ時代が移ると共に地域の様相は変化して行くのは当然といえば当然であることだが地域固有認識の分散化を感じると一抹の寂しさがよぎる。
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 そういった変化していく様相を記憶に留めるには写真を残して置くのも役立つことになるが、さて最近デジタル記憶中心の写真となったことで、果たして安定的に写真が残るのかどうかという疑問が湧いてきた。デジタルカメラはフィルムと違い一枚取るのにコストが安く、一枚いくらという概念がない。又、いとも簡単に削除できる。従って時間さえあればやたらに撮影してしまう。
 ここまでは良いとしても多く撮影すると保存するときにその整理が大変になる。タイムスタンプに基づいて整理すればそんなに迷わないかも知れないが、あの日あのときに取ったあの画像はどこかと探し始めても画像の絶対量が多くなると探すだけでも大変になる。
こうなってくると既に一般の日曜カメラマンなどがお小遣いで撮影していたフィルムカメラの時代から比べれば画像枚数は桁違いに多くなりプロ写真家並に画像を保持してしまうはめになりやすい。記録メディアが大容量化してくると便利だが目的の写真を整理しておく術も学習しておかないと、いざ探す段になって嫌悪感が先に立ってしまうのは想像するに堅くない。
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by m-tsubouchi | 2008-07-20 17:18 | クラクラ撮影日記